2008年08月24日

毎日新聞:8/24の発信箱「これでは陸連はいらない」

 ずっと書いてないので、たまには書こうと思います。
 
 本日の毎日新聞の「発信箱」で論説室の西木正氏が「これでは陸連はいらない」
という記事を書いている。私は高校時代に陸上競技をやっていただけで、西木氏の
方がより正確な情報をお持ちなのかもしれないが、違和感が強かったのでコメント
してみることにした。

 ここでは、陸上の話をするが、根本としては論説室という部署におられる西木氏の
報道者としての立場に疑問を感じた。それで良いのかマスコミ?と言うことでそれに
ついては、最後に記す。たかが小さなコラムのスポーツネタと思うなかれ。

 ここで西木氏は、女子マラソンで日本がメダルを取れなかったことについて、
日本陸連の責任だとし、その理由は、

・情報把握と危機管理ができてない。
・練習方法を各選手個別に科学的に検証するべきだ。
・代表選考のやり方がまずい

としているが、そうなのだろうか?

 まず、メダルを取れなかったことは結果であって、誰のせいでもないだろう。
それを陸連のせいにするのは、冒頭に「私の老春を返してくれないか」という
一言に見て取れる。単なる個人的な不満を責任転嫁しているだけに思える。

 具体的には、選手個別の情報を最も知っていて、最も練習方法を研究してい
るのは、その選手とコーチである。それを陸連のような競技団体が個別選手の
状況を把握してあれこれ言うのは、無理があるし、責任を持つことが出来ない。

 個々に違うものを中央集権的に統制できるはずがないというのはきわめて当たり
前のことであり、仮に情報を集めてもできることは対外的に叩かれないように
うまく説明することぐらいしかできない。つまり、できたとしても陸連の自己
保身にはなっても、当の選手を守ることも出来ないし、試合の成果に影響を与える
こともできない。つまり、レースの結果ということについては何の解決にもなら
ないはずだ。

 次に、マラソン選手の選考方法だが、西木氏の主張は矛盾していてよく分から
ない。
 西木氏の主張は以下の3点。

・日本人一位という基準はあっても形式的で結局主観で決まっている。
・一発勝負の選考レースがベスト
・一発勝負の選考レースが無理なら、期待値で決めるべきだ。

 まず、一発勝負の選考レースにするのは陸連が決めることなので可能だが、なぜしてないか理由がある。
 それは、一発勝負だと、その日たまたま、風邪を引いたり、体調不十分や故障等で欠場したり、負けたりする可能性があること、選手のトレーニングや調整状況は個々に違うのでどこにピークを持ってくるかは個人差があり、それを一発勝負で候補者を縛って選考することは選手の負担が大きいだけで適切ではないということによる
(はずだ)。
 
 西木氏はそういうことを分かってるのだろうか?
 また、最初に主観での選考を否定しながら、一発勝負が無理なら、(選考レース
などせずに)主観で決めろと言っているのは矛盾している。かなりの暴論ではな
いか。

 10年ぐらい前、選考委員が決めるのが不透明だと言って散々バッシングしたのは
マスコミではないか。だから、陸連は複数の選考レースの結果をほぼストレートに
選考結果にするようになったのではないか。それを、結果が出なかったという個人
的不満で、主観的に強い選手を選考しろと今更言うのか。

 以上から、西木氏のコメントから報道者としての資質について3つの疑念を感じる。

1,中央集権が良い的な発想は、要するにXXが悪いのは全て政府のせいという
  発想をに通じるが、それは逆に言えば、政府が全てを完璧に統制すればよ
  くなるということを意味する。全体主義になってもいいのか?
  たとえて言うなら、自分の子供のテストの点数が悪かったり、希望する大学
  に入れなかった場合の責任は文部科学省にあるのか? 仮にそうだとした
  場合、西木氏は文部科学省の決定に従うのか? いいのかそんなんで。

2.結果が全てなのか? まず、結果はコントロールできない。コントロール
  できるのは、プロセス(努力)だが、プロセスは結果を約束しない。でも
  プロセスなしで結果は出ない。そのことが分かっているのか?
  要するにメダル至上主義ではないか。国威を第一にする共産主義圏の発想
  と同じではないのか。また、自分の子供の成長について、テストの点数だ
  けで判断するのか? 株価だけで判断される企業、成果だけで判断される
  従業員のような、結果主義の発想の弊害を理解しているのか?

3.マスコミはその時々で言うことに一貫性がないのは、今に始まったことで
  はないが、昔の発言と今の発言が違っても臆面もなく言えるのはマスコミ
  の悪いところだ。

 最後はかなり厳しいコメントになったが、日本を良くするにはマスコミが最も重要な役割を果たしうる立場にいる。そのマスコミがおかしいとどうにもならなくなるので、より一層、襟を正してがんばっていただきたいと思うのだが。


posted by macwin at 21:37| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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