2011年03月18日

大震災の状況

 連絡が付いた被災した人からの状況。

  • 仙台市青葉区:
    水道、電気は復旧しているが、ガスはまだめどが立たず。お風呂には入れない状況。しっかりした建物はおおかた被害はないが、物資、食料は家にあるものを少しずつ食べる状況。
  • 日立市:
    電気、ガスは復旧したが、水道はまだ。井戸水を分け合ったりしている。津波は海岸そば以外は大きな被害はなかったようです。ただ、常磐線は線路も曲がり地盤もだめになったとのことで、復旧見通しは絶たず、少なくとも1ヶ月、場合によっては半年以上動かない見通し。会社員は職場が近い人は出勤できるが、ガソリンもないため、遠い人は出勤が不可能。
  • 水戸市:
    12日には電気、水道復旧。
  • 栃木県:
    12日にはライフライン復旧。しかし、やはり、ガソリン、食品が不足し、会社の建物が壊れて、復旧は仮稼働に最低1ヶ月、本稼働に半年かかる見込み。今週は自宅待機。
  • つくば市:
    12日時点で、大きな被害無し。

 なお、私の所属する日本福音自由教会が、日本国際飢餓対策機構と協力して、来週から物資を持って現地入りするとのこと。
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2007年02月27日

産む機械

 今更だが、柳沢厚生大臣(だっけ?)の「産む機械」発言について。

1.産む機械について
 世間では女性蔑視だの言われているが私は違うと思う。私は女性だけでなく男性も例えば「働く機械」と思われている、つまり、男女を問わず国民を国力を増強する生産設備と見ていると見た方が適切と思う。

2.厚生大臣の適性について
 上記から感情的な「産む機械」論と適正は別だろう。仮に人間機械論であっても厚生大臣として少子化対策を成功させる能力があれば適性はある。
 しかし、柳沢厚生大臣はやはり不的確だろう。それは「産む機械」という発言ではなく「一人頭でがんばってもらうしかない」(つまり、無策を意味する)という発言による。そういう国民の努力ではなく社会の仕組みが悪いから少子化が進んでいるのであってそれを直すのがあんたの仕事だろう。と言う批判の方が当を得ているだろう。

3.マスコミの鈍感さ
 上記のようにやれ女性差別だと的はずれは批判をしているマスコミ(+野党)であるが、筑紫哲也は2/7の多事争論で「産む機械」を批判しながら、番組中で子供を「つくる」と連発していた。子供が授かるものではなく人の意志で「つくる」ものなら女性は産む機械ということではないか。確かに昨今は子供は「つくるもの」と言う表現が大勢となっているが、この言葉自体が、人間=人間製造機械を意味している。
 このように批判しながら自ら人間機械論に立っている自己矛盾に気が付かないのは見ていて悲しいものがある。

 子供は天(神さま)からの授かりものであるという世界観を失うのは、結局、経済合理性で命を見ることであり、今はそういう世界観となっている。だから、柳沢厚生大臣の発言は不注意であるのは確かだが、彼を批判する人たちも結局は「子供をつくる」と言う言葉を使って自己矛盾していないか振り返って欲しいと思う。
posted by macwin at 01:07| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

価値がない社説

 古いブログでも述べているが、私は新聞の記事の中で最も価値がないのは社説だと考えている。

 理由は以下の通りである。
・毎日新聞は通常の記事は記者の記名がある。しかし、社説は無記名が多く誰の意見か不明なことが多い。
・表題を見るだけで何が書かれているか分かってしまう。
・ほとんどの場合、内容的に新規性がなくありきたりの一般論が書かれているだけで無価値。
・一体、主張や要求を誰に対してしているのか分からない。ただの拡声器?

 時たま、ちゃんとした内容が書かれていることを期待して目を通すのだが、ほぼ間違いなく上記の4条件を満たしていて期待を裏切られてしまう。

 今回、毎日新聞12月22日の社説を読んだがやはり同様だったので、今回、マスコミの正常化を願って具体的に批判しておく。
続きを読む・・・
posted by macwin at 23:05| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

靖国問題

 靖国問題は、前のブログ(廃止されて今はない)で、いろいろ指摘してきたが、あまりにもひどいので改めて指摘します。
 
 まず、宗教法人で無くして特殊法人化するという麻生氏らの暴論。
これは、形式的に靖国神社が自主的に解散するようにと麻生氏は言っているが、形式をいかに整えようとも、内閣の大臣である彼が言った時点ですでに国家権力による宗教法人への介入であり、政教分離という憲法の理念を破っている。こんな単純な論理も分からない麻生氏は総理大臣の器ではないことが分かる。靖国神社側が宗教形式を堅持するという方針を内部で固めているのは当然だろう。
 次に言えることは、もうあきれてものも言えない気分だが、靖国神社を国営の特殊法人にするというのは、戦前回帰じゃないですか。日本国憲法の政教分離だけでなく、大戦の反省は無かったことにしようという考え方です。もっとも東京裁判を否定したいというところなのでそういうことだとも思えます。東京裁判の是非とか憲法の是非は別として、現時点では公式に受け入れているものなのだから、ひっくり返すなら公式にひっくり返す覚悟がいるわけです。しかし、それは戦後の平和主義は無かったことにするんですかね。
 あと、最後は分祀論。私はキリスト教なので神道の教義はよく知りませんが、神社側が分祀しても株分けにしかならず、A級戦犯が祭られなくなるわけではないと言っているのだから、要求内容自体が無意味。また、そもそも大臣が言った時点で、国による干渉なので政教分離に違反するわけです。

 と言うわけで、全く論点がずれているのが昨今の靖国論争でしょう。それと麻生氏は考え方がまともでないので総理大臣にするのは危険ですね。
posted by macwin at 18:33| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

世論誘導しているマスコミ

 先日、自民党の武部幹事長が、自民党総裁選について、
・麻垣康三などと騒ぎ立てるのは他の候補者に失礼だ。
・総裁選は人気投票ではない。
とマスコミを批判していた。

 武部氏はよく無茶苦茶なことを言うのだが、本心は別として今回の発言は全く賛成できる。

 大分前に出馬の意欲を見せた、河野太郎氏のことなどマスコミは報じているか?
安倍氏人気などと言うが、安倍氏有利という単なる国民のイメージ調査等を大々的に報道するからますます拍車がかかっているだけだ。一般に認知度が上がるほど人気が出るのは当たり前だから、マスコミが安倍氏を推しているようなものだ。福田氏についてもそうである。福田氏自身は一度も出馬を表明していないが、やれ反小泉勢力が福田氏を支持だとか報道しまくるから福田氏の国民イメージがあがり、結局、改めて不出馬表明をすることに繋がっている。
 
 確かに最大与党の総裁選ということで、社会党の党首選より重きを置くのは妥当性があるが、それでもたかが政党の党首選である。トヨタの社長が誰になるかを熱心に報道するだろうか? 国民にとってトヨタの社長が誰かなどどうでもよく、自動車業界全体でちゃんとした車が売られれば良いだけだ。それと同様に国民にとって大事なのは、

 誰が首相になってどのような政策が実行されるか

である。であれば、総裁選が事実上核になるのは事実だが、民主党の小沢氏、より客観性を求めるなら、同じ与党の神崎氏や、野党の社会党、共産党も含めた各党首も並べて、誰が首相になるとどういう政策が実行されるかを比較するのが、「公共性」あるマスコミだろう。

 今の状態は、単に自民党内の政争のしょうもない細々とした情報を垂れ流しているだけで、報道しているとは認めがたい。

 マスコミは自分たちが世論誘導していることを自覚して自制し、客観的な報道をすべきだ。政治を劇場化しているのは小泉首相ではない。役者がいても劇場がなければ劇はできない、つまり小泉首相を批判しているマスコミ自身の責任なのだ。
posted by macwin at 07:49| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

目を覚ませ!毎日新聞

 小泉劇場とかいろいろマスコミは受けのいい言葉を乱用するが、もう少しまともな記事を書いて欲しいものです。マスコミは小泉首相の術中にはまらないようにと思っているようですが、毎日新聞の政治記事を見るとまるっきりはまっている姿を見ることができます。

 まず、11/1の毎日新聞の3面に政治部長の倉重氏の「抜け殻では困る」と題した、小泉改造内閣に関する記事ですが、長文ですが要点は「小泉さんらしいサプライズがなかった」で、最後はなぜかポスト小泉の役目になって、

「首相の最後の仕事は始まったばかり、と言える。」

という結末です。毎日新聞の政治部長たるお方がいったい何を言いたいのでしょうか・・・。

 内容云々の前に日本語を正しく学んで欲しいものなのですが、この記事などは内閣改造が「自民党の常識から外れたサプライズかどうか」を焦点にしている点で非常に問題と思います。そんなことはどーでもいい。政治部長名で意見を書くなら、新内閣が仕事をする人選かどうかを事実を分析して評価すべきでしょう。

 次に、11/3の「自民、副幹事長も脱派閥」の記事と、「副大臣は派閥に配慮」という記事。

 毎日新聞に限ったことではありませんが、「サプライズ」とか「派閥無視とか考慮」とかは自民党内部の常識かどうかという話であって、我々には全くどうでも言いことだからです。我々にとって大事なのはちゃんと仕事をしてくれるかどうかなわけで仕事をするなら派閥だろうが脱派閥だろうがサプライズだろうが無難だろうがどうでもいいのです。

 そのようなお家騒動みたいなことをでかでかと記事に書くというのはほとんど写真週刊誌のノリであって、重要なことを報道するマスコミとして猛省して欲しいです。

 特に、11/1には障害者自立支援法案の成立だとか重要なニュースがあるのにどこに書いてあったのでしょうか・・・。見落としたのでしょうがどこか分かりませんでした。

 つまり、小泉首相は内部のちまちました話をさも日本の改革のように喧伝するのが非常にうまいのですが、それにまんまと乗ってしまって、さも自民党の常識と違うことをするのが日本の改革かのようにでかでかと報道する馬鹿さ加減にいい加減気付いて欲しいものです。
posted by macwin at 00:21| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月30日

[政治・社会] 中国の靖国参拝中止要請は内政干渉である。

 中国が再三、小泉首相に靖国参拝の中止を要請している。しかし、これは完全に内政干渉である。基本的に中国の要請に応じる必要はないし、応ずれば日本は圧力に屈する国であるということになる。

 ではどうすればいいか。実はこの問題解決はある意味簡単である。

 それは中国の圧力に屈するのではない形で靖国参拝をやめればいい。

 まず、靖国問題の根本を考えてみよう。

それは、詳しくは、

2004年10月11日の[政治・社会] なぜ首相の公的な靖国参拝がいけないか。

に記しているが、この問題は外交問題などではなく、小泉首相と一部の政治家達が事実上、特定の宗教施設である靖国神社を政府の戦没者追悼施設と扱っていることにある。つまり、公的参拝、もしくはそれに準じる形で参拝するのであれば明らかに憲法違反なのである。よって、A級戦犯合祀などもまったく本質的ではないどうでもいいことなのである。一宗教法人である靖国神社が戦犯を合祀しようとヒトラーを合祀しようと何人も禁ずることはできないのが憲法だからだ。

 だから、答えは一つ。

首相による公的な参拝は我が国の憲法に違反する疑いが強いため、靖国参拝は中止する。」

とすればよい。こうすれば、憲法違反という国内問題は解決し、派生的に中国との摩擦も我が国のメンツを潰すことなく解消することができるわけだ。

 あと、再発防止の歯止めとして無宗教の国立追悼施設を建てることにすればほとんど解決である。

 と言うわけで日本遺族会などの圧力に妥協せず、素直に正しく処置することがもっとも良い解決方法である。

posted by macwin at 23:22| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月11日

[政治・社会] なぜ首相の公的な靖国参拝がいけないか。

 自民党の安倍幹事長代理が、自分が首相になったら靖国参拝をするのは当然であり、

「公式かどうかをあまりとやかく言うのはナンセンスだ」

と語ったらしい。

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20041011k0000m010036000c.html

 毎度のことながら政治家の非論理性、デタラメぶりには感心する。

学生時代ちゃんと勉強したのだろうか? また、日々物事を勉強しているのだろうか? それとも支持母体を考えると、物事を曲げて言わないといけないのだろうか?

 若手のホープたる政治家がこの体たらくである。

 ここでは、なぜ、首相の公的な靖国参拝がいけないかを簡単に記そう。

 まず、首相が靖国参拝をしていいケースがある。それは、私的参拝である。私的であれば、首相であっても憲法で信仰の自由を保障されているので何人たりともそれを制限することはできない。

 では、靖国問題の争点は何だろうか。

私は大きく分けて争点は次の3つになると考える。

  1. 政府には国のために殉職した人たちを追悼する義務がある。
  2. 憲法は政教分離を定めている。
  3. 中国など諸外国が靖国参拝に対して圧力をかけている(A級戦犯合祀など)。

 これらの争点は、いずれも次元が全く異なるものであるわけだが、従来の議論はこれらの争点をごちゃまぜにして議論されている。次元が違う争点をぶつけ合っても議論は100%絶対に収束しない。よって、これらは一つ一つ区別して考えることが必要である。

  1. 政府には国のために殉職した人たちを追悼する義務がある。
     まず、これはYESだろう。靖国参拝を推す人たちの主たる論拠はここにある。
  2. 憲法は政教分離を定めている。
     これからすると、政府や公的組織の人が公的な立場で靖国参拝をするのは問題である。それが神道の参拝形式か否かというのは全くどうでもいい方便であって、形式に寄らず「公的立場で」参拝するのは憲法違反である。また、小泉首相のように「内閣総理大臣 小泉純一郎」と靖国神社で記帳して役人が「私的参拝です」というのも無茶苦茶である。通常、肩書きを書くと私人ではなく公的な立場(つまり、内閣総理大臣)として来たと見なされる。少なくとも”民間”ではそうだ。もし、上記の記帳をしながら「私人としての参拝である」と主張するなら、肩書きの不適切な利用である。そんなことが許されるなら、警官が私的な用件でも警察手帳を掲示して好き勝手することも許されてしまう。
  3. 中国など諸外国が靖国参拝に対して圧力をかけている(A級戦犯合祀など)。
     これははっきり言って内政干渉であるので扱いは難しいが、考慮に入れる必要は全くない。靖国問題は完全に内政問題であるからだ。
     また、昔、自民党の野中氏が「A級戦犯を分祀」すればよいと主張したことがあるが、これなど中国を気遣うばかりに今度は靖国神社という宗教法人の権利を国家が逆に侵害することになる。なぜなら、中国がどう言おうが政府がどう言おうが、靖国神社は好きな人を祭る権利がある。それを拒否する権利は当事者である本人以外にはないだろう。それを第三者である政府が干渉するのは筋違いもあるがやはり逆の意味で政教分離に反している。
     さらに「分祀」とは神道ではいわゆる株分けみたいなもので、取り除くことを意味しないらしいので、宗教的にも間違っている。
     いずれにせよ、対応方法は考える必要はあるが、諸外国の内政干渉は考慮に入れる必要は全くない。

以上から、実質的に、第2項の「憲法は政教分離を定めている」ことのみが争点だと考えられる。そのため、靖国問題を解決するには以下の方策が考えられる。

  • 憲法を改正する
     どうしても靖国神社を参拝するなら、憲法を改正して、神道、もしくは靖国神社を国教として特別扱いし、それと併せて国民の信仰の自由を保障するべきであろう。
  • 靖国の公的参拝を禁止し、別の無宗教の追悼施設を設ける。
     これは靖国参拝を主張する日本遺族会は反対しているが、その論拠は感情論のように思える(ちなみに平和遺族会という靖国参拝を拒否する遺族会もある)。相当な抵抗があるようだが、憲法を改正しない限り、少なくとも私の少ない頭ではこの方策しかないと思われる。

と言うところだが、もっといい合理的なアイデアがあればどなたか教えて下さると嬉しいです。

posted by macwin at 20:30| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[政治・社会] 北朝鮮化する社会

 阪神・淡路大震災の野島断層を展示する震災記念公園が、公園内で募金活動許可を求めた団体に対し「国旗、国歌に反対する団体には貸せない」と、施設の使用を拒否していたらしい。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/1007ke52060.html

 詳細な実態は不明だが、運営する第三セクター社長を兼ねる町の助役は

「詳細は知らなかったが、公的施設での拒否はおかしい。今後は使ってもらえるように指導した。」

とコメントしたらしいが、この助役の考え方は適切である。

 日本は憲法によって思想信条の自由が保障されている。よって、個人や民間団体の思想信条が国の政策や方針と違うことは認められている。それが認められず罰則を受けたり権利を制限されるのは、現代では北朝鮮のような全体主義の国家や、秘密警察が暗躍する共産主義社会だけである。よって、一見、第三セクターの考え方も筋が通っているようにも見えるかもしれないがよく注意する必要がある。

 これに類似する例は、以前、イラクで人質になった人たちの政府の扱いである。税金を使わず自腹で救援活動をしていた彼らは国と考え方が違ったかもしれないが、政府は彼らの思想信条に寄らず、救出するのが義務だからだ。国の考えと違うから、飛行機代を自己負担せよなどは、彼らの安全という基本的人権を侵害している。

 国や公的機関と考え方が違うことを認めない社会というのは、極めて恐ろしい世界であることに注意しよう。

posted by macwin at 19:42| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月14日

[政治・社会] 小泉首相とジェンキンス氏

 今日、ニュースで小泉首相が、

「ジェンキンス氏の健康状態から日本で治療してもらうこととした。アメリカの訴追問題は難しいものがあるが今の日米の信頼関係の中で理解してもらえると考えている。」

みたいなことを語っていた。

 ええっと、先の訪朝で首相は、ジェンキンス氏にアメリカに訴追させないと念書を書いてなかったでしょうか。つまり、あの時の念書は首相は一生懸命で悪気はなかったとしても、何の裏付けもない文書だったと言うことが今日の首相コメントで明らかになってしまったわけです。

 その場その場で無責任な言動を取るというのは、社会人としての資質に欠けますね。

 また、あの念書は、小泉純一郎個人が保証するというものでしたが、国家間の問題に、日本国ではなく小泉純一郎が保証して何の意味があるのでしょうか。もし、あの時ジェンキンス氏が念書を信じて、日本にきてアメリカに訴追されたら、ジェンキンス氏はどこの裁判所に「この念書は守られなかった」と訴えたらいいのでしょうか。

 つまり、あの念書はたぶん、法的には何の効力もない紙切れだと思われるわけです。

 こういう責任感も論理もへったくれもないその場しのぎの人は、今うちの会社でやっている新人トレーニングに参加してもらった方がいいかもしれません。

posted by macwin at 23:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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